2009年12月1日火曜日

音をあつめて19 No.048 伊勢志摩の海女の磯笛


さて、今回の音をあつめては、「伊勢志摩海女の磯笛」であります。

2009年7月に、三重県四日市市でのステージが決まった僕は、いつものように、近くに音風景100選はないかなーと環境省のホームページを調べるとありました。

海女は,深い磯場の長い潜水から海面に浮上すると,その息継ぎのために,口笛に似た,物悲しげな吐息を発する。これは,一種の呼吸調整法だが、潮騒の中に響く音色は哀調を帯び、「海女の磯笛」と呼ばれて、伊勢志摩の代表的風物になっている


なんとも素晴らしい。

しかも、「よく聴ける時期」と紹介されている7月11日の「しろんご祭り」にも、行けそうである。

僕はしろんご祭りに想いを寄せた。

祭事が厳かに執り行われるなか、美しい海の静寂に、海女たちのどこかもの悲しげな息継ぎの音が響き渡る。実にいいではないか。かつてないほど音風景らしい音風景に、いやが上にも期待は高まる。



さて、今回、音あつめに協力してくれたのは、三重県桑名市に住む元高校教師のUさん。
Uさんとはひょんな縁で五、六年前に知り合って、以来、なにかと気にかけて頂いている。今現在は教壇を降り、農家に転身したというちょっと変った経歴の持ち主で、実際、御本人もたいへん面白い。


元社会科教師(社会科担当)だけあって、「海女の磯笛」や「しろんご祭り」に関する下調べは完璧であり、僕はUさんにおんぶにだっこで、曇り気味の2009年7月11日早朝、伊勢湾菅島のしろんご祭りにて、海女の磯笛を聴くべく、一路伊勢鳥羽に向けて、桑名を出発した。


ところでUさんの愛車はオープンカーである。
夏の早朝のオープンカーは、なんとも気持ちがいい。



七時半頃、鳥羽の港に着くと、定期船乗り場にはすでにたくさんの人で賑わっており、切符売り場では切符を買うための列ができていた。言うまでもなく、みな、「しろんご祭り」が目当てなのである。

Uさんは何度かこの鳥羽の定期船を利用したことがあり、普段は全く人がいないそうで、その賑わいぶりに目を白黒させていた。



壁には、菅島のポスターがあり、そこには久々、「音風景100選」の文字が。





しろんご祭りは、大漁と海上安全を祈願し、ホラ貝の音を合図に海女全員が海に入り、蚫のつがいの初捕りを競うもので、黒赤つがいの蚫を最初に捕った者が海女頭となり、一年中尊敬される。海女の磯笛は環境省の「日本の音風景100選」に選ばれている


無事切符を買い、長蛇の列に並ぶ。





ほんとに乗れるのか?という心配をよそに我々は無事定期船に乗り込んだ。





波に揺られることおよそ20分、菅島に着いた。
ハッピを着たおねえちゃんたちに出迎えられ、菅島に降り立った。



何やら、やたらと盛り上がっている。
港には何故か大漁旗がはためき、その横をしろんご祭り目当ての人が歩いている。
しろんご祭りは、その名もずばりしろんご浜で行われるという。
僕たちも浜を目指して歩く。



道中、海女さんたちが準備している。



歩くこと20分、ようやくしろんご浜に降り立つ。



しろんご浜は、切り立つ崖に囲まれた、猫の額のような長細く狭い浜だ。

祭事が執り行われるのは浜の一番奥で、浜の砂に足をとられながらそちらに向かうとなにやら様子がおかしい。

テントが立ち並び、そこからやたらと賑やかな音楽が(というより音頭が)、拡声スピーカーを通して、大音量で流れている。
カメラを抱えたオヤジたちの群れが、海女さんたちを囲んでバシャバシャ写真を撮りまくっている。
そして、やたらとうるさい場内アナウンス。

イメージしていた厳かさは微塵も感じない。



我々は唖然とした。

こんな喧噪で、果たして、海女の磯笛を聴くことなどできるのだろうか?
我々は、祭りのにぎやかしに来たのではない。
音風景100選のひとつを聴きに、その風景を味わいに来たのだ。

心配になったので、どうやらこの喧噪の主催でありそうなテントに行って、磯笛が聴こえるのかどうか聴いてみた。







いやー
こりゃ聴こえそうにない・・・

いや、しかし、である。
あれだけ海女の磯笛をうたっているのだ、流石に、海女さんが潜っている間は音頭も止まるであろうし、周りも静かになるであろう、と、淡い期待を寄せる。

そうこうしているうちに、いよいよ海女さんが潜る段となった。



別に場内アナウンスによる解説はいらないのである。
見ればわかるんだから。

とにかく、海女さんに近づこうと、我々はズボンの裾を膝までまくり上げて海に入り、磯笛を聴こうと試みるも、まるで聴こえない。

そのとき、衝撃の場内アナウンスが流れる。



我々はもう、呆れと笑いの入り混じった心持ちを楽しむことしかできなかった。

とりあえず、カメラを回す。
そのうち、地元の婦人会の方々のしろんご音頭実演まではじまった。



実演も終わり、少しだけ静かになったので、いまがチャンスとばかり動画を撮っていると・・・








もうだめだ 聴けやしねえよ






それでも、イベントは続く。
今度は、ちびっこ海女さんたちによる、蚫採り対決だそうだ。






もうこれ以上ここにいても無駄だと悟った我々は、足早にしろんご浜を後にした。



落ち込む僕を見て、Uさんは言った。

「私はまだ諦めていませんよ」

Uさん曰く、しろんご浜までの道中で団欒していた地元の人に話を聴けば、かつては海女さんだったという人がいて、その人が磯笛を聴かせてくれるのではないか、というのだ。

流石は、元高校教師、流石は、Uさん、である。

というわけで、我々は港に引き返す道中、地元のひとたちはいないかと歩いていると、いらっしゃったので、早速聴いてみることに。





海女の磯笛ならぬ、海女の口笛をゲット(なんのこっちゃ)。


なんでも昔の海女さんは、深くまで潜って、息がギリギリになって海から顔を出し、苦しさから思い切り息を吸ったそうで、そのときの音が海女の磯笛と呼ばれたとのこと。今ではほとんど聴くことができないそうです。








というわけで、いかがでしたでしょうか、今回の音をあつめて。


今回の音あつめでわかったことは、「海女の磯笛」が聴きたいのならば、環境省のホームページで「よく聴ける」と紹介されている「しろんご祭り」に行ってはいけません。行っても、音は聴けません。



最後に、しろんご祭りについて、一言。

「日本一静かな祭り」をうたうならば、祭事が行われるしろんご浜はかつてのように厳かに執り行い、それ以外の賑やかなイベントは、別の場所、例えば、定期船が着く港ですればよい。その方がよっぽど祭りを楽しむことができるのではないでしょうか。













後記に代えて。

今回の音あつめは、とにかく残念であった。
消え行く音風景の実情が、これでもかと浮き彫りになった。

実は、すでになくなってしまった音風景は、今回の「海女の磯笛」だけではない。
「残したい日本の音風景100選」のいくつかは、すでに、残されてはいない。
(興味のある方は、過去の音をあつめての記事をごらんください)

しかし、そのこと自体はそれほど残念ではない。
そういったものは、そもそも、なくなっていってしまうものだからだ。

ほんとうに残念なのは、「残したい日本の音風景100選」が、いまや、実の伴わない、体裁を取り繕ったものに過ぎないということだ。なんのための「残したい」なのだ?
その上で踊っている僕は、もっと残念だし、ちょっと可哀想だ。

しかし、音あつめは続くだろう。
何故って、どこかで、だれかと(ときにはひとりで)、音を聴きにいくことは、それだけで楽しいから。




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